9月21日の記事
2008年8月
一人分朝の珈琲淹れて呉れ検診に行く夫六十歳
初夏の風に揺れゐる紫陽花の未だ咲かざる緑清しき
閉づる眼に五月のみどり立上がるまどろみといふやはらかき園
夕刊の万とふ人の死の報に言葉もなくて胡瓜刻みぬ
2008年9月
抱ふれば痛む箇所を的確に医師探り出す吾が乳房に
ドア開きがらんどうを曝しけりひと時前にゐし検査室
ピアノありし空間にゐてそを弾くであらう小さき指思ひけり
この際とどちらともなく言ひ出しし夫婦別室寝台(ベッド)を選ぶ
引越しに五十路の吾は根を切りて鉢植の如移り来たりぬ
やうやくに越して来たりし終の家紅あぢさゐの咲く庭とせむ
2009年10月
干しものの波掻潜り掻潜りきらきら夏の主婦を謳歌す
定食といふ昼食に憧れて主婦の昼食つましく揃ふ
えいやつと捨つるつもりでゐし雑誌切り抜いてゐる吾が性分
冷房の部屋を出づれば隣室に汗光らせて夫眠りゐる
羽ばたきて行くと知りつつ今はまだ二人居の日を描かずにゐる
2008年12月
鱗雲けふにて終る仕事なり朝の通勤ラッシュに混じる
体大き男の後を付き行きて難なく通る朝の改札
階段に僅かな隙を見つけては歩を進めるを通勤と知る
保育所は厚きカーテン閉ざしたり子等の声無く赤蜻蛉舞ふ
その笑顔を答とぞいふ恋人のやさしき嘘を吾は憎めり